前日の夕方からおかしなことが続いていた。

最初は午後2時半の約束で、駅に女子大メンバー4人を迎えに行ってくれた女将から、途中参加メンバー4人を宿で出迎えたH子と点呼担当の幹事に奇妙な話がもたらされた。

 

女将は早めに用事が終わったために、駅前広場の駐車スペースに乗用車を停めたという。

2時になったばかりで、予定の電車の到着までは30分早かった。

女将は運転席で待っていた。

5分もたたないうちに、日陰になった駅前のベンチにひとりの女子大生風の女の子が座っているのに気付いた。

しばらく観察したが、彼女はテニスラケットのケースと大きなスポーツバッグを傍らに置いている。そしてうつむき加減に身じろぎもせずにじっと座っている。

女将は、一人だけ早い電車で到着したのかもしれないと考えた。車を降りて、その女の子に歩み寄り、旅館の名前を名乗って声を掛けた。

Z女子大の学生さんじゃないかしら。Gサークルの合宿にいらしたの?」

小柄で華奢な女の子は、うつむいたまま無言でかすかにうなずいた。

「他のみなさんは、次の電車で見えるのかしら?」

この問いにも無言でうなずく。女将は彼女にエアコンが効いた車の中で待つことを提案した。

女の子は、今度ははっきりと首を振った。二言三言話しかけてみたが彼女はうつむいたまま固まったように返事をしない。女将はしばらく、ベンチのそばに佇んだが日陰でも汗が噴き出すような暑さに、女の子をそのままにして車に戻ったという。

「それが不思議だったのよ。それから15分くらいして、電車が来たので、改札まで行って他の3人が出てくるのを迎えようと車を出たのよ。その直前まで、車の中からベンチに女の子がいたのは見えていたのに、数十メートルを歩いて行ったらそこにいないの。荷物もなかったのよ。改札まで行ったら、4人の子たちがそろって出てきたのよ。その中にさっきの女の子はいなかったから、聞いてみたけれどみんなきょとんとしていて、別行動した子はいないって言うから、幹事さんから伺ってない別な人が来たんだと思って慌てて電話いれたのよ」

女将は4人を車に乗せて、旅館に戻るやいなやH子や点呼担当の幹事にそう状況を説明した。

実際にその30分ほど前に、駅にいる女将からフロントに電話があった。呼ばれて応対した点呼担当の幹事は「4人以外にもうひとりいた」という女将の言っていることがすぐには飲み込めずに、受話器の向こうに何度も聞き返した。

ロビーにいたH子に、女将が4人以外にもう一人いたって言っているけれど、そんな話は聞いてないよなと問いかけた。

H子もなんのことだかわからないまま、首を振るだけだった。

 

テニスコートから帰ってきたM君やDH子がその顛末を説明したが、Dが笑いながら、女将が早とちりしただけじゃないか~とのんびり答えた。

 

その日の夕食の席で、途中参加となった女子大メンバーの4人が紹介され挨拶をひとりずつ行った。

夕食後すぐに、大広間の3分の2を使ってカラオケ大会が始まった。

ほぼ全員が集まっており、イベント担当の男女幹事が司会をした。

M君は最初にキャプテンコールに引きずり出されるようにステージに上げられ、トップバッターをやらされた。

M君は精いっぱい尾崎豊を熱唱したが、司会者に「我らがキャプ幹は、イケメンで優しくテニスも上手いし、欠点のない男だとみなさん思っていたでしょうが、残念でした。彼は歌が下手です。しかし、Mが最初に歌ったので、ハードルが低くなっています。いまがチャンスです!」と完全にダシにされた。

M君はステージを下りながら、「バカヤロー」と叫んだ。皆がドッと笑った。

最初の34人は、司会者が声をかけていた者がステージに上がっているようだった。そうやって場の空気を温めて、その後は適当に指名したりして流れが出来ていった。

アルコールも入って、カラオケだけじゃなくバリ島の奇妙な踊りを披露する3年生幹事長のグループやテニスラケットでエアギターを弾く者も登場した。

クライマックスはP大メンバーとZ女子大メンバーの代表2組ずつの歌合戦形式だった。

これも予め準備していたようで、一番歌が上手いメンバーが十八番を歌うのだ。

特に安室奈美恵のバラードを本物より上手く歌う女子大1年生が登場し、全員が度肝を抜かれた。

M君も後ろのほうからポカンと眺めていた。歌い終わると、大きな拍手と指笛が鳴らされた。司会が、「こんなところでテニス合宿なんかしてる場合じゃないですね。レコード会社でオーディション受けたほうがいいと思います」とアナウンスを入れている、その時だった。

 

どこか遠いところで、ジリジリという非常ベルの音が聞こえた。

気づいた者たちが、様子をうかがうようにキョロキョロし始める。窓のそばにいたものが外をのぞく。

20秒、30秒と鳴りやまないので、M君や気になった者数人が廊下に出て、ロビーの方に歩いた。火災報知器ではないかと心配している声も聞こえた。

 

ロビーには、女将がいて男性従業員に何か指示をしていた。

M君たちが歩み寄ると、2階か3階の非常階段のドアが開けられた警報です…と説明された。

3階は倉庫で客室としてまったく使われていないらしく、2階からの階段には「関係者以外立ち入り禁止」の札が付いた柵が立てられている。

男性従業員が玄関から足早に出て行き、おそらく外から非常階段を見に行ったようだった。

女性従業員が館内の階段を下りてきて、「非常口には内から鍵がかかっていて2階、3階に異常はない」と報告している。すぐに女将はフロントの奥にある配電パネルのようなものを操作して非常ベルの音を止めた。

「誰か、間違って開けてしまったのかしらね」

女将はM君たちに問いかけるかのように言った。

 

2階の部屋に女子が何人か残っていたと思うと答え、誰か非常口のドアを開けたか聞いてみますと女将の問いに応じた。

M君とH子で2階に上がり、女子たちの部屋をのぞいた。しかし、人が残っていたのは、夕食前に気分が悪くなったと訴えた1年生女子に部屋のリーダーの2年女子が付き添いで残っていた一部屋だけだった。

H子がドアを開けて尋ねたが、2年女子は非常ベルが鳴ったので廊下に一度出てみたが、それまでは部屋から出ていないと言う。2階の廊下にはその時誰もいなかった。廊下の突き当りのドアも閉じていた…しかし、非常ベルの音に交じって誰かが悲鳴を上げるような声を聞いたような気がして、怖くなり急いで部屋に戻ったという。

体調を崩して横になっていた1年生女子に何か悲鳴が聞こえなかったかと尋ねたが、彼女は聞こえていないと言った。それで、気のせいだったと思い、ベルも鳴り止んだのでロビーに様子を見にいこうかと迷っているときに、H子がドアをノックしたというのだ。

 

2年女子は、口では気のせいだったと言いながら、数分前に感じた恐怖を隠せないでいた。青ざめた表情で涙目になって震えている。

M君は、H子の後ろから声をかけた。

「大丈夫? どんな声を聞いたの?」

「わからないけど、聞いた時は誰か女の子が襲われているのかもって…。キャーとギャーの間くらいで、かなり長く聞こえたような気がする…」

「どこから聞こえたの?」

「たぶん廊下の奥の方からだと思う、遠くじゃないの、近いような気がした…外から聞こえたとは思わなかった…」

M君は念のためと、2階の他の部屋のすべてのドアをもう一度ノックした。どの部屋にも人の気配はなかった。

H子と階下に降りながら、「すぐに全員の点呼をしよう。念のためだけど…」と相談した。

 

2階にいた女子は、部屋から出ていないと言っていると女将に伝えてから、M君はロビーにいた何人かのメンバーを連れて、大広間に戻った。

カラオケは非常ベルで中断したあと、また始まり、どうやらクライマックスを迎えているようだった。アンコールなのだろう、安室奈美恵の女子大1年メンバーが今度は美空ひばりを歌っている。うまい。ああ~川の流れのように~。

 

歌い終わるのを待って、M君はステージの司会からマイクをもらった。

「みんな盛り上がっているところ申し訳ないけど、さっきの非常ベルの件で念のために全員の点呼を取らせてください。まずは女子だけです。部屋割りごとに名前を呼ぶので返事してね」

H子と司会をしていた2年女子幹事が手分けして名簿でチェックを始めた。〇号室の二人の1年女子がいないということが分かった。

誰かが、さっきまでいたからお手洗いじゃないかと言った。H子が1階のトイレを見に行った。いつの間にか、点呼担当の幹事が男子を名簿で確認していた。

「男子は全員いる」と小声でM君に報告してくれた。

H子が1年女子は二人ともトイレにいた、と言いながら戻って来た。

 

M君はほっとしながらみんなに声をかけた。

「合宿も残りは実質2日間です。みんなで楽しく、でも気を引き締めて事故がないようにお願いします。困ったことがあったら、すぐに部屋のリーダーか幹事団のメンバーに報告してください」

それで大広間のカラオケはお開きになった。全員で片づけをして、端の部屋に寄せていた男子の布団を元の位置に戻した。時刻は10時を回っており、予定時間をだいぶオーバーしていた。

 

M君が眠りについたのは、12時頃だったという。隣には元新聞配達の後輩が大の字で寝ていた。冷房が効きすぎているような気がして、M君は夏掛けの薄い布団にくるまるようにして目を閉じた。

 

暗闇で非常ベルが鳴っていた。

夢の中の出来事だと思った。一度見た夢と同じだと感じた。

その瞬間、肩を揺さぶられた。新聞配達後輩が上半身を起こして、M君を揺すっていた。

「先輩、また非常ベルが鳴っている」

午前4時、まだ夜明け前の時間だった。

※「行方不明2人⑫」に続く


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