電話の向こうが誰なのかはわからなかったが、若くて冷たい印象だった。
事務的っていうのかな、最初は淡々としていて紙を読み上げるような感じかなぁ。
ただ、有無を言わせない威圧感はあった。
住所を言われてまずそこに行け、インターホンを鳴らして、「ヨシダに言われて来た」と言え。
そこで経費を渡す。
どこかで買い物をしろ。買うのはアレコレソレ。
12時までに終わらせろ。終わったら公衆電話から電話しろ。
この電話を切ったら、言われた番号以外に2日間誰にも電話するな。女や知り合いに電話するな。すぐに自分の携帯の電源を切れ。
とか言われた。
買えと言われたもので、だいたいわかったよね。
あ、本気でヤバいやつだって…。
仕方ないので、言われた住所までコンビニで地図を買って必死で運転していった。
そこは古ぼけたマンションで、オートロック式の玄関だったから、入り口で聞いた部屋番号のインターホンを鳴らした。
ヨシダさんと名前を出すと、「そこで待ってろ」と言われて、やがて若い男が下りてきて、ほいって感じで、黙ったまま小さな紙袋をくれた。
紙袋には、携帯電話と黒い手袋とむき出しの金が入っていた。あとで数えたら20万あった。
男は、マンションの前に停めていたレンタカーをしげしげと眺めていたが、何も言わず行ってしまった。
12時までに買い物をしろと言われていたんだが、もう30分も残ってなかった。
ドンキホーテしか思いつかなかったので、またクルマを運転して盛り場にある店に行った。
あとから、そのマンションのすぐ近くにも別な店があったのを知ったけど、ふだんクルマに乗らないから知らなかったんだよ。
だから、買い物が終わって、公衆電話を探して電話出来たのは12時半になっていた。
電話に出た男は、遅れたことをとがめて機嫌が悪い感じだった。
それで、また別な住所を言って、急いでそこへ行けと言う。
自分の携帯の電源を切ったかと確認して、さっき渡した携帯の電源を入れろ、そっちからは絶対に掛けるな、とか言うんだ。
え? 何を買ったのかって…。シャベルだよ。穴掘らなきゃ行けないだろう。他にも布団袋を買え、無かったらブルーシートとガムテープ、丈夫なロープだもの…もうなんだかわかるじゃないか。
俺、その時まで布団袋って知らなかったんだよ。引っ越しした経験はあったけど、その都度、古いのを捨てて、新しい布団を買ってた。
わからないまま、フトンブクロって店で聞いたら置いてないって言われた。あれ、普通は引っ越し業者が持って来るんだね。
俺は慌てて、言われた次の住所に向かったんだけど、まったく行ったことがない方面で、地図を見ながらしかも運転がおぼつかないから、道に迷って行ったり来たりしてしまう。
1時までに行けとか言われてたけど、どだい無理なところ道に迷うから、あっという間に深夜2時近くになって、その間、何度も渡された携帯が鳴る。
こっちは、運転しながら電話に出るみたいな余裕はないよ。鳴りやまないから、クルマを停めて電話に出る。
そのたびに、どこにいるんだ。何やってるのか。と、怒鳴りはしないが、深いため息をついていて、もう謝るばかりだよ。冷や汗が流れた。
2時前くらいかな、込み入った住宅街でやっと住所の家を見つけた。
豪邸ってほどじゃないけど、まあ、大きな家で、広い庭もあるような感じだった。
表札で確かめて、インターホン押してヨシダさんに言われて来たっていうと、ガレージにクルマを入れてくださいと一言。
それで、四苦八苦しながらガレージにクルマ入れたら、眼鏡にマスクでスーツを着た男がガレージの奥から出て来た。
ヤクザには見えなかったね。普通の会社員に見えた。最初、この眼鏡男がずっと電話していた相手かと思ったけれど、どうやら違った。
俺は先に電話で指示されていた通りに、クルマを降りる時、手袋をはめた。
眼鏡男はほとんど無言で、ガレージの通用口から中に入れと身振りで示し、俺が入るとスリッパを履くように足元に並んだスリッパを指さす。
家の中はしんとしていて、照明もほとんど消えていた。廊下の一部と奥の方に少し明かりがついている場所が見えるくらいだった。
薄暗い廊下を男に付いていくと、リビングらしき10畳くらいの部屋があって、そこに間接照明の明かりだけが点いていた。
廊下を挟んだ反対側の部屋に音を消したテレビがついてるようで、すりガラスの引き戸の向こうで、明かりがちらちらと動きながら明るくなったり暗くなったりしていた。
眼鏡男は、リビングのソファの間に横たわるものを視線で示して、「これ、よろしくお願いします」と、やっと口を聞いた。丁寧な口調だった。
それは、布に包まれた何かだった。布はカーテンだったと思う。何枚もの分厚い上等なカーテンでぐるぐる巻きにされていて、ビニールの梱包用のヒモで3か所くらいが結わえられていた。
「大きな犬ですから…大丈夫…」
背後で眼鏡男が小さな声でそう言ったように思ったが、俺の錯覚だったのかもしれない。
もう、腹を決めてやるしかないなと思った。一度、クルマに戻ってビニールシートとガムテープ、ロープなどを持って戻って来た。
眼鏡男はいつの間にか、テレビの点いている部屋に入って誰かと電話をしているようだった。
俺は眼鏡男が手伝ってくれると思って、しばらく待ったが、彼はテレビの点いた暗い部屋から出てこない。
俺はとんでもないことになったと思いながら、一人でフローリングの上の大きな犬の横にシートを広げて、そこに転がして丸めていくようにしながらシートを海苔巻き状にした。
1枚のシートを巻き終わると端をガムテープでベタベタ止めて、両端を折り返しまたガムテープで止める。
念のためもう一枚シート出して、シートで包まれたものをもう一回同じにぐるぐる巻きにした。ロープで縛るべきか考えたが、手っ取り早いのでガムテープをロープの代わりに筒状になったシートの何か所かにきつくぐるぐる巻きつけた。
ガムテープ2本をほとんど使い切って、大きな春巻きみたいになった。
春巻きを抱え上げようとして思い直し、そのまま廊下を引きずって通用口の靴脱ぎのところまで行った。
眼鏡男が硝子戸を開けて顔を出し、近づいてきた。
俺が四苦八苦して、春巻きを担ぎ上げようとしていると、やつはひどく冷静に、
「先に靴を履いて、トランク開けて来ないとダメですよ」
と言った。
俺はもう汗だくで、カーッと体が熱くなっていたように思う。
そんなにおまえが冷静に言うなら、お前がやればいいじゃないかと、その眼鏡男に少し腹が立ったよ。
しかし、そいつがいうのはもっともなことなので、言われた通り靴を履いてトランクを開けに行き、ブルーシートの春巻きを抱え上げて運び出し、クルマのトランクに投げ入れた。
レンタカーのトランクには何も入ってないから、斜めに入れたらサイズがぴったりだったよ。折り曲げずに載せられるんだと感心した。
まぁ、それくらいのサイズだったということだ。
俺はエンジンをかけて、住宅街から出た。先に言われていた通り、路肩にクルマを停めて携帯に電話が掛かってくるのを待った。喉が渇いていたので、自販機でお茶を買って一息で飲んだ。空車のタクシーがたまに行き交うくらいの時間帯だった。
※「人を埋める⑧」につづく
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