3日目のイベントは、テニスのミニゲームでチーム対抗の勝ち抜き戦を行った。

自己申告に基づく、実力ポイントを参考にしながら全体を8チームに分けるため、8人の主将が選手をドラフト方式で選んでいく。1チーム5、6人の男女混合チームを作った上で、ダブルス、混合ダブルスの勝ち抜き戦をやっていく。全員が試合に出なければならない。

 

そして、勝敗をもっとも左右するのは、ジョーカーと呼ばれるフリーの選手の起用である。

高校までにテニスの経験があるコーチ級の男子4人と女子2人の中に、初心者レベル女子2名がハズレとして入っている。そして、主将がここぞというところで箱に入ったカードを引くと引き当てた選手を1セットだけピンチヒッターとして起用できるのだ。

 

M君は高校時代テニス部で、インターハイの県予選でベスト8までは進んだことがある。

トップクラスの実力者というわけではなかったが、この日はジョーカーの箱に入ったカードに名前を書いた。

毎年、このチーム対抗戦はとても盛り上がる。サーブも入らない初心者の女子もいたりするのだが、途中で審判がネットの近くで手で投げていいと指示したり、それに対してかわいい子をえこひいきするなとヤジが飛んだり、かなりルール無視だが笑いが絶えない。

初心者の女子にスマッシュしたり、意地悪なドロップショットを放つと審判から警告されてポイントがマイナスになる。

上級者は初心者相手に山なりショットを打ち、ミスしないことだけが求められる。

 

面白い展開がたくさんあった。特別参加の3年生女子に参加するかを尋ねたら、テニスは体育の授業でしかやったことがないが、ぜひ試合はやりたいという。前日まではテニスコートには来ないで、近所を散歩したり、彼と一緒に温泉施設に行ったりしていたのでちょっと驚いた。

恋人である3年男子が面白がって、彼女を初心者ジョーカーに入れたのだが、借り物のラケットを握らせると、運動神経が素晴らしく前衛でボレーを決めまくるので、ぜんぜんハズレではないのだった。

M君は、第一試合でまったくサーブが入らない初心者1年女子に審判がサービスだけ打つジョーカーを強制的に選ぶよう宣言し、彼女が試合に出るとサーブだけ代わりに打つ役目を仰せつかったりした。

 

混合ダブルスの決勝では、満を持してここまでジョーカーの権利を残していたチームが第一セットで宣言しくじを引いた。中級男子と上級女子であるH子の組合せで勝ち抜いたので、コーチ級の男子を引き当てれば、サークル内で最も強いペアが出来ると踏んでのことである。

しかし、引き当てたのは初心者女子。しかし、審判も観衆も、あきらかにH子に交代した初心者女子1年生を応援する。相手が強すぎるサーブを打ったとしてブーイングと減点。彼女がせっかくレシーブできたのにそれを意地悪く打ち返したとしてブーイングと減点。

あっという間に最初のセットを初心者女子が入ったチームが取り、次のセットはH子がバシバシ決めて優勝してしまった。

 

M君は後半戦で、ほぼ出番がなかったので、メンバー全員をよく観察することに時間を費やした。

メンバーに対し、仲良しだけで固まらないようにチーム分けをして、下手も上手もそれぞれゲームを楽しめるように工夫したイベントなのである。


学生サークルなので、上級生下級生の上下関係は最低限あるが、誰かが誰かに無理じいをしたり、威張ったり、仲間外れにしたりしない自由で平和な雰囲気を伝統的に大切にしていた。

設立当初に作られた、サークルのスローガンがあって、「全員が集って良かったと心から思う人の輪を作る」だった。

特に、サークルの中心を担う幹事団を2年生になる直前に結成するとき、上級生からくどいほどそのことを言われるのだった。

 

M君はこの日、ちょっと気になる1年生男子を見つけた。

バスに乗り遅れそうになったKであった。彼は、決勝戦で盛り上がる皆と少し離れたフェンスのそばで、ゲームではなく近くを流れる川面を見ていた。

チームに溶け込めなかったのかなと思った。

表彰式が始まって、3年生幹事長が優勝チームと優勝チームに加わったジョーカーの全員に旅館の女将提供豪華賞品といいながら、温泉施設の無料券を渡していた。優勝できなかった敗退組は、旅館のフロントで割引券をもらってください…などと宣伝もしている。

全員で記念写真を撮ることになり、扇形にみんなが並び始めた。

M君は、まごまごしているKに声を掛けた。

「どうした。写真を撮るぞ。疲れたのか?」

Kは不思議であいまいな笑いを浮かべて、首を横に振った。M君は新品のラケットを抱えたKの肩をたたき、写真の列の端に並んで加わった。

撮影・記録担当の2年生幹事が三脚を立ててカメラのタイマー撮影ボタンを押した後に、走り込んで最前列の前に寝転んでシャッターが下りた。

 

テニスコートから宿までの、15分くらいの上り坂を長い列にになってぞろぞろ歩いた。

田舎の田園風景の中に、色とりどりのウエアを着た若者たちが少し場違いなムードで闊歩した。

1年生たちの集団に、「腹減ったなー」などと声を掛けながら歩いていると、後ろから追いついてきたH子が、「優勝しちゃった~」と明るい声で言い、見せびらかすように温泉無料券をM君の前でひらひらさせた。

 

その日の夕食は、昼間のトーナメントのチームごとにまとまって席に着くようM君は指示した。それぞれの主将だった2年生3年生メンバーが中心となって、反省会を開くように求めた。とは言っても反省することはない。互いをねぎらい、これまで距離があったメンバー間の親密度が増すことを狙ったものだった。

 

M君はジョーカーグループの席に居て、ハズレ初心者のはずなのに大活躍していた3年生女子の話題で盛り上がった。聞いてみると、テニスはやったことがないが、高校生まではソフトボールのピッチャーとして日本代表の一歩手前まで行ったという。体育大学から誘いもあったというのだ。それで、運動神経が抜群なのは腑に落ちたが、

「えー、そんなモデルみたいに細くて???」

と、テーブルにいた全員が驚いていると、大学に入ってモテようと思って15キロダイエットしたのよとあっけらかんと笑う。

高校生の時は体重が65キロもあり、あだ名が「戦車」だったとカミングアウトし爆笑をさらっている。

恋人である3年生先輩は、そのことを知っているんですか? と尋ねると、つきあってすぐの頃、高校生の頃の写真を見せたら、二度見どころか5度見6度見していたと言ってまた笑いを誘う。

「あいつはしみじみ写真を見て、茶色い温泉饅頭みたいな女子高生だなって、言うのよ」

「温泉饅頭???」

「日に焼けて真っ黒で、髪も男の子みたいに短くて、顔もパンパン」

「戦車で温泉饅頭」

「そうなのよ。温泉饅頭だけど流行りだからルーズソックス履いてたのよ」

落ちもつけて、腹がよじれるほど笑わせるのだ。

なんて素敵な女性だろうと、M君は感心した。彼女がいるとそこに花が咲くように感じられた。

 

M君はときどき食堂を見渡して、それぞれのテーブルが和気あいあいと盛り上がっていることに満足した。

ちょっと内向的な空気を感じたKは、副キャプDが主将のチームにいて、口数は少なそうだが2年女子と女子大1年メンバーに挟まれて楽しそうにしているように見えた。

テニスやスポーツが嫌いな学生がこのサークルに入ってくるわけはないし、M君は心配しすぎかな…と考えた。

 

その夜は、食堂の飲み会に参加する者。部屋で早々と眠る者、歩いて20分の温泉施設に行くものなどに分かれた。温泉施設は、真っ暗な夜道を歩きテニスコートの前を通って、橋を渡った国道沿いにある。夜道で万が一が起きてはいけないので、女子だけで歩かないよう行き帰りをグループ編成するように、男女1名ずつのリーダーを立ててお願いした。

キャプテンの仕事は気を使うことなのだった。

 

午後10時頃だった。男子が寝ている大広間で事件は起きた。

M君は、温泉施設には行かなかったので、眠る前にもう一度、風呂に入ろうと準備をしていた。
大広間といっても、間仕切りが半分以上閉められていて、20畳敷きくらいの3つの部屋に分けられていて、それぞれに8~9人が布団を敷いている。10時になると照明も半分に落とされていた。

M君はロビーに一番近い部屋の端に布団を敷いており、そこに荷物も置いていた。

騒ぎが起きたのは、M君がいる部屋の反対側、広間の一番奥に当たる場所だった。

「おまえらいい加減にしろよ」

という怒声が響き、その後も誰かが誰かを詰問するような声がする。

眠りかけていた者も起き上がって、奥の部屋の方を伺っている。


M
君が駆け付けると、怒りの声を上げていたのは3年生のUという男だった。


※「行方不明2人⑤」につづく
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