バスはG県に向かって高速道路を走り出した。

バスにはP大学3年生男子3人、2年生男子10人、2年生女子3人、1年生男子14人、1年生女子5人。提携女子大2年生4人、1年生8人。その他大学1年女子2人が乗っていた。

バスの中で、3年生幹事長が挨拶をした。サークル代表は会社訪問が忙しく革靴で足に豆ができて不参加ですと笑いを取っていた。

マイクはキャプテン幹事のM君に回ってきて、約1週間のイベント予定やスケジュールをざっと紹介した。同時に女子グループの幹事を紹介し、部屋割り表を配った。部屋ごとのリーダーを務める2年女子の名前も伝えた。

男子は、全員、大広間に雑魚寝だったので必要がなかった。週末にだけ参加予定の男子OB4年生の4人のためには1部屋だけ用意した。

 

バスの中ではH子とR美のクラスメートだという女子大1年のメンバーが交互に、R美に電話をかけ、メールを送ったが応答はないと言っていた。

 

バスはサービスエリアで昼食休憩を取りながら、午後3時すぎには目的地に到着した。

荷物を運びこみ、チエックインを行った。部屋ごとに宿帳がまわり、バスで到着した49人が記入した。

夕食までを自由行動にして、M君たちも一息ついた。

点呼・連絡担当の幹事のところにTから電話が入り、夜7時か8時には到着する。夕食に間に合わなくても何か買っていくので大丈夫ということだった。幹事はR美についても尋ねたが、自分も携帯に何度か掛けたがつながらない。バスに乗り遅れていたら一緒に行こうと思って、出発を遅らせていたのだが…と言っていたということだった。

 

夕食前に、クルマを運転してきた3年生男子と同乗してきたその恋人で特別参加のサークル外3年生女子が到着した。

夕食は全員が食堂に集まった。まずは旅館の女将が歓迎のあいさつをして、前年の副キャプだった3年生の音頭で乾杯をし、初顔合わせになるメンバーもたくさんいるので、M君が司会をして自己紹介タイムを作った。一人ずつ立ち上がって大学名や学部、出身高校、趣味など好きに語った。

食事の時間が終わりに近づくころ、Tが到着した。駅からタクシーで来たと言った。

駅弁を買ってきたが、食事に間に合ったので、短時間でごはんをかき込みビールを飲んでいた。

R美とは連絡が取れないままで心配だが、昨日、ちょっとしたことで喧嘩をしてしまい、合宿には行きたくないと言っていたのでシカトしているのかも…などと言った。

 

食事は片付けたが、宿に瓶ビール3ケースを出してもらい、有志による飲み会が食堂で続いた。M君もこれに参加していて、自分が勧誘した1年生女子数人のご機嫌を取ったりしていた。ビールがなくなり、お酒が持ち込んだ焼酎などに変わり始めた10時ころ、飲み会に参加していなかったH子がM君の背中を後ろからつついた。

「ねえ、R美が来たみたいなんだけど…知ってる?」

「え? いつ」

「さっき、J子が廊下ですれ違ったっていうのよ。それで、宿の人に聞いたけど、T君のあとは誰も来ていないっていうんだけど」

「見間違いじゃないの、A子とかB代とかは背格好も髪型もR美とおんなじじゃん」

A子はずっとそこ(食堂)にいるじゃないの」

「じゃあB代は? J子とは学校違うしちょっと暗かったら間違うんじゃない」

「うん、もう1回聞いてみる」

H子はそう言って食堂を出て行ったが、M君もR美のことが気になってきて、立ち上がった。H子は女子の部屋を全部覗いてみるつもりなのだろう、階段を2階の客室のほうへ上がっていった。

M君はTを探したが、風呂にでも行ったのか見つからなかった。照明が落とされたロビーのソファに座っていると階段を降りてきたH子がM君を見つけて、すぐ隣に身を寄せるように腰を下ろした。ひと月ほど前に二人きりで飲みに行って以来、距離が近いなとM君は思った。

それだけでなく、二人で話していると、以前と違ってH子は何かにつけて手を伸ばしてM君の腕や肩に触れてくる。先ほどの食堂でも、声をかければすむところを後ろから背中をいたずらをするように指でつついた。

目ざとい者は大勢いたから、合宿が終わるころにはM君とH子は出来ていると噂を立てられるかもなぁと思った。

実際に酔った上の一度きりとはいえ、そういう事実はあったので、仕方ないなとM君は思った。

 

J子は間違いないっていうのよ。声を掛けたけれどR美は暗い顔して黙ってうつむいたまま、廊下の一番奥の部屋に入っていったというのよ。気味が悪いでしょ」

「一番奥って、先輩たちのために空けてある部屋?」

「たぶん…」

M君とH子は連れだって階段を上がり、2階の客室で一つだけ使ってない部屋のドアをノックした。ノブを回したが当然鍵がかかっている。誰かいる気配はない。他の部屋からは、入り口のドアが開けたままになっているところもあり、女の子たちの明るい笑い声が時折廊下に漏れ出している。

「どの部屋にもR美はいないんだろう?」

「もちろん、6室を全部のぞいたけどいないわ。だいたい部屋割りなら、私と同室だもん」

二人でしばらく、そこに佇んだが何もわからなかった。

11時ごろに食堂の飲み会はお開きになり、それから風呂に入る者、部屋で眠ろうとする者、まだ飲み足らず自販機の缶酎ハイを買う者などがロビーの周辺を行きかった。

宿の男性従業員が、M君を見つけて、夜中に何かあったら内線電話で知らせてくれれば行きます。仮眠を取るかもしれないが、電話で必ず起きるからと伝えてきた。

事前に聞いてはいたが、11時を過ぎると館外には出られないように施錠している。非常階段はドアを開けると警報が鳴るので、注意してくれと念を押された。

 

それらの注意事項は、すでに夕食の時に女将が一度説明し、M君が幹事とリーダーを集めてもう一度言う…などしていたので、大丈夫だろうと答えた。

 

初日の夜はそれで終わった。

 

翌朝、目覚めて顔を洗った後、幹事ミーティングを朝食前に行った。

その日の午前午後のテニスコート引率者、コーチ役の確認や昼食の段取りなどがチェックされた。また、昨夜、体調不良などを訴えるものはいなかったか、などが話題に上った。

酒に慣れない、1年女子の誰それが飲みすぎて粗相した…などが報告されたが、朝食の席で無理に飲ませてはいけないし飲みすぎてもいけないと全員に注意することを決めた。

ミーティングの最後にDが言った。

「Tが朝飯を食ったら、東京に帰ると言っている。R美と連絡が取れない。彼女が来るかもと思って昨日来たが、心配だから東京に帰ると言っている。もし現れたら、すぐに連絡をくれと言っている」

M君は、H子と顔を見合わせた。だが、昨夜J子が旅館の廊下でR美を見たと言っていることを口に出さなかった。

 

Tは午前9時ごろ、宿を出て駅まで向かう路線バスに乗って帰って行った。

 

2日目も無事に終了と思われた。この日のイベントは夕食後、旅館の駐車場での花火大会だった。

量販店で買った市販の花火をやるだけだが、意外に打ち上げるような派手なものより、線香花火などの手持ち花火をたくさん買っておくと受けが良かった。暗いし自ずと花火を中心に男女が体を寄せ合うし、人気のある女の子の隣のポジションはすごい競争率なのであった。幹事団は仕切役なので、それらをほほえましく見つめるのだ。ああ、きっと最終日には新たなカップルが生まれるだろうと…。

 

花火のあと、J子が一瞬一人になっているところを見つけ、M君は話しかけた。J子と会話を交わすのは初めてだった。

「昨日の夜、R美を見たような気がするって言っていたんだって?」

「H子先輩に聞いたんですか? 間違いだったのかな。私ひとりだったし、向こうから女の子が歩いて来て、ふと見たらR美だから、よかったR美、来られたんだねと声を掛けたのにそのまま通り過ぎて行ったんですよ。違う人に声掛けたのかなぁ。だんだん自信がなくなって…」

M君はきっと間違いだったんだよと、J子に言った。付け加えて、

「Tがここに来る前日にケンカしたのが発端みたいだから、あいつ心配して東京に帰ったからね。きっとR美を見つけて連絡あるでしょ。もし、JちゃんのところにR美から連絡があったらすぐに教えてね」

J子はこっくりと可愛く見えるようにうなずいた。

「でも、キャプテンや幹事の人は大変なんですね。尊敬しちゃいます~」

「来年はJちゃんたちの番だから、ぜひ副キャプテンとかに立候補してよ」

「私なんかぜんぜん無理ですよ~。H子先輩みたいにできませ~ん」

甘ったるい受け答えだった。でも、ガードを下げておいて鋭いカウンターを放ってくる。

「Mさんは、H子先輩のことどう思っているんですか~。H子先輩はぜったいMさんのこと好きですよ。何かあると、M君に言っとく、M君に話してもいい? ってMさんの名前ばかりですよ。いつも目でMさんを探してるし…」

「それは、俺がキャプ幹で彼女が副キャプだからだろう」

と応戦するのがM君の精一杯だった。

「違うんじゃないですか~。MさんがキャプテンになったからH子先輩は立候補したんだと思う~」

H子には、君らが入学してくる2か月前までは一学年先輩の彼氏がいて…とか、要らぬことを口走りそうになって、あわてて笑顔でごまかした。

 

二日目の夜、M君がのぞくと食堂で行われる有志の飲み会には、20人以上が参加していた。初日より増えていた。花火効果じゃないかとM君は思った。

「キャプテンご苦労様、まあ座れ」と3年生のグループに言われ、ビールを注がれた。

彼らの話題は、これから本格化する就職活動一色だった。来年の夏はこうなっちゃうのかと、うんざりさせられた。

3年生の女子メンバーが夏合宿にひとりも来ないのは、女子の方が就職が厳しいからなのかも知れなかった。もしくは、1、2年生のころちょっかい出し合った男と顔を合わせるのが嫌なのかも知れなかった。

唯一、サークルメンバーではない3年生女子が3年生男子メンバーの彼女として特別参加しており、座の中心となって輝いていた。M君も初めて会う人で、大人っぽく余裕がある人だった。

学部がM君と同じ法学部で、資格試験などのまじめな話も少しした。

3年生になったら、合宿などは来ないでまじめに勉強しなきゃと考えたりした。

 

M君はこっそり、旅館の中庭に出て携帯で高校時代から続いている恋人に電話をした。

彼女は家に居て、DVDで映画を見ていると言った。

「楽しい? モテてる? M先輩ステキーとか1年生に言われてる?」

彼女はすべてを見透かしているように、M君をからかった。

すごい美人というわけではなかったが、健康的で朗らかで、誰にも好まれるような愛くるしさを感じさせる子だった。M君は来年も合宿に来るなら、この彼女を特別ゲストで連れて来たいと思った。

「ところでさ、気のせいだと思うんだけれど、昨日の晩に変な夢を見たのよ。M君が真っ暗な森の中で何かを探して見つからずに泣いているの。私はどこか遠くから何もできずに困ったなーと思っているんだけど、M君って呼んでも聞こえてないんだよ。何か悪いことが起きたらと心配していたから、4日ぶりに電話がかかって来てびっくりしちゃったよ」

彼女はそう言って、「気を付けてね」と付け加えた。

M君はもう浮気したりするのは絶対止めようと、その時は本気でそう思った。

 

しかし、その数日あとに彼女が見た不吉な夢が現実になるのだった。


※「行方不明2人④」につづく
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