あなたは人を殺したことはありますか?

ないですよね。

あはは、俺もないです。安心してください。

 

本当はこれ絶対に誰にも言ってはいけない話なので、俺が誰か、いつとかどことか、わかるようなことは言わないつもりですが、つい口がすべって言ったとしてもそれを書いてはだめですよ。

あなたのことは、もう何年も知っているし世話にもなったし信用をしているから、仕事のネタになると思って話します。いつものように面白おかしく作り話してるなと思って聞いてください。だいぶ時間がたっているので記憶があいまいなところもあるですが、辻褄が合わないことがあったらあとで聞いてください。

 

俺、人を殺したことはないですが、人を埋めたことがあるんです。生き埋めじゃないです。

死んだ人をこっそり穴掘って埋めたんです。どうしても断れない人に頼まれて仕方なくですが、たぶん死んだ人と言っても、誰かに殺された人だったと思うんです。

聞いていないし、聞いても教えてもらえたとも思わないので、私が運んで埋めた人が誰でなぜ死んだのかは知りません。実は男か女かも知りません。運んだ時の感じから、女だったんじゃないかと思っているだけです。

 

長くなるけど一番最初から話しますね。せっかくだから、今夜はそこに至った全部を話しますよ。俺の半生ってやつですか。反省も入ってますが…。ハハハ。

 

俺は中学の途中までは成績のいい優等生でした。田舎の学校だったけれど、試験をやればクラスで1番か2番、学校全体でも10番以下になったことないです。

運動もできたし、ケンカも強かったので先生からも信頼されていたし、不良の生徒からも一目おかれて、怖いものなしだったと思います。

それが、一変したのは中学2年生の3学期のころ、家で大問題が起こりました。おふくろが若い男と逃げたんです。うちは親父が職人で小さな商売をしていて、Bさんという若い人を1人雇っていました。

従業員というより親父の弟子みたいな感じで、いつも家にいる兄ちゃんみたいな感じだったと思います。20代前半くらいだったのかな、地元の人で毎朝、原付で家までやってきて親父と一緒にトラックに乗って現場に行くような毎日だったと思います。おふくろが、親父とその若い人の弁当を作って持たせて毎朝、送り出していたのを思い出します。

どこでどうなってそうなったのか、いまもって謎なんですが、おふくろとその兄ちゃんがある冬の日駆け落ちしたんですね。

俺には2つ上の姉がいるんですが、その日、部活で遅くなって日が暮れたころに家に帰ると、家の中で高校生だった姉と父親がなにか大声で言い争っていました。

前にもそういうことはあったけれど、親父はけっこう姉には甘くて、口では酷いこと言っても、最後は自分から謝るような感じでした。それが家に入ると、親父は見たこともないような鬼の形相をしていて、姉になにやら罵声を浴びせながら掃除機のパイプを振り回していました。それが、台所のテーブルや冷蔵庫に当たってパイプが割れてバッコバコと音を立てます。

さすがに姉を殴ろうとしているのではないとはわかったのですが、親父は見かけはこわもてでしたが暴力とは縁のない人で、そんな親父が暴れているのが不思議でした。

私がどうしたんだ、何があったんだと二人の間に入ったタイミングで、姉が何かを吐き捨てて二階への階段を駆け上っていきました。

親父に何があったか尋ねても、何も答えずに、捨て台詞のように台所の流しに洗って並べてあった皿や茶わんを掃除機パイプで叩き割ってから家を出て行ってしまいました。

その時になって、母親はどこに行ったのかと思いいたりました。

2階にいた姉にこの騒ぎは何かと聞くと、1階に下りていき1枚の便せんを持ってきて私に突き出しました。

そこには、父親と姉と俺の名前が書いてあり、その下の短い文章には、家を出ていくので探さないでください。ごめんなさい。今日の晩御飯を作れないのでおにぎりとおかずが冷蔵庫に入っています。

というようなことが書いてありました。それだけで、俺は腰が抜けるほど驚いたのですが、姉はもっと驚くことを言いました。

「母さんはBさんといい仲になって、二人で逃げたんだね。私は知っていた」

というんです。なんでも1年くらい前に、親父が現場で足に怪我をして1週間くらい入院したことがあってその時にできたような気がすると姉は言っていました。その後も怪しいところを見かけたそうで、姉は母親にカマをかけて聞いたりしたそうですが、バカなこというもんじゃないとはぐらかすだけだったそうです。

この日も、父親が置き手紙を見つけて青ざめていたところに、姉が帰ってきて、きっとBさんと駆け落ちしたと思うと父親に言ったんだそうです。その日Bさんは風邪を引いたと言って仕事を休んでいたので、父親がBさんの実家に電話を入れると仕事を休んだが、昼前に家を出ていった。原付に乗って行かなかったので近所だと思うが、まだ帰って来ない…とBさんの母親が言ったそうです。

父親は姉に、何を証拠にBと一緒だと言うんだと問い詰めているところに、Bさんの母親がすぐに折り返し電話を掛けてきて、息子の机を見たら書き置きがあった。お宅の奥さんと二人で旅に行くから探さないでくれと、書いてあった。息子が本当にとんでもないことをしでかした。許してください。許してくださいと。泣いて謝ってきたみたいだというんです。

それを聞いて、父親は矛先を姉に向けてきて、お前知っていたのになぜ黙っていたと怒りながら暴れ始めて、姉が「そんなの知るかよ。夫婦の問題じゃねえか」と応じたところで、親父の暴走は止まらなくなったというのです。

俺が家に帰ってきたのはこのタイミングということのようでした。

 

この日のこの時までは、姉も私も、困ったことになったなーとは思っていましたが、それほど深刻にとらえてなかったかもしれません。

二人で、台所に下りて親父が割った茶わんなどを片付けたあと、母親が作り置いたおにぎりをいっしょに食べました。

俺が、Bさんは姉ちゃんを狙っているんだと思っていたと言うと、姉はまんざらでもない顔で、高校生になったとき1回誘われたけど断った。と、ボソリと言って、その言い方がやけに大人ぶっていたので可笑しくて笑ってしまいました。姉もつられて笑っていました。

しかし、笑い事では済まない事態がその後に待ち受けていて、俺の家族はバラバラになってしまうんです。

 

数日も経たないうちに、父の仕事関係の信用金庫の口座のお金がほとんど引き出されたことが判明しました。電気、ガスなどの引き落としがされている家計用の口座の金はそのままでしたが、それはもともと数十万円しか入っていません。

親父の仕事の経理は母親がすべてやっていて、請求書を作るのも母親、材料費やトラックのローンの支払いをして保険や税金を払うのも母親、Bさんに給料、親父に小遣いとなる金を渡すのも母親だったのです。

子供だったので俺が覚えていることがどこまで事実だったのかはわかりませんが、口座にあったはすの400万円くらいが数回にわけてほとんど引き出されていて、口座に残っているのはその月のローンの支払い分くらいだったそうです。しかし、月末の支払いはほかにもたくさんあって、材料費などで毎月100万円くらいが必ず必要になるらしいのです。

もちろん、親父の手掛けている現場が終われば材料費以上の金が受け取れるのでしょうが、それまで待ってもらえるのかどうか、突然親父は金策に走っているようでした。

しかし、金策に走っている間は現場が疎かになります。そもそもBさんと二人仕事で引き受けていたところを1人でやる必要があるのです。納期が遅れれば約束の金も満額はもらえません。親父は仕事仲間に頭を下げて手伝いを出してもらったり、急ぎの支払いのために信用金庫に融資してもらうために保証人になってもらったり、母親が出て行ってからの2~3カ月くらい死にものぐるいでやっていました。

そして、突然プツンと切れたようでした。受けていた仕事を全部、仕事仲間に肩代わりしてもらう算段を付けたとたん、酒を飲んで何もしなくなりました。

売掛となったままの金を取りに、付き合いのあった問屋や工務店が家までやってきましたが、酔いつぶれた親父が玄関先で「殺せー」と叫んでいました。

親父の中では、全財産とともに逃げた母親とBへの憤怒が渦巻いていたのでしょう。酔った父親は、強引に俺を連れてBさんの実家に乗り込みました。病気で寝たきりだったBさんの父親、その代わりに日雇いで働いてるという母親、たぶん俺と同い年くらいのBさんの弟が3人そろって畳に額を擦り付けて「申し訳ありません」と声を震わせて繰り返す光景を忘れられません。

Bさん一家はいま家にあるすべてです。とヨレヨレになった封筒に入った数枚の1万円札を差し出します。狭い台所を除くと二間しかない長屋アパートの貧しい暮らしが見て取れます。

この家も、一家の柱だったBさんが逃げ出したことで苦境に立っていることは中学生の俺にもわかりました。

父は自分の弟に金を無心したり、ローンが残っているトラックをもぐりの中古車屋に売り払ったりしているようでした。そうして、どんどん壊れていきました。

姉がある日、俺に言いました。

「もう家にお金がない。明日から食べるものが買えないよ」と。

このころには、姉と親父の雰囲気は最悪になっていました。姉は、親父に対して「手に職があるし、元請けの親方じゃなくても働けば日銭が入る。誰かに頼んで現場に入れてもらえばいい」ともっともなことを言うのです。親父は顔をみるたびにそういう姉を煙たがりました。また姉はかなりヤンキー入っていましたけど、母親によく似たきれいな顔立ちをしており、その容姿が出ていった母親を親父に思い出させていたのかもしれません。

姉は友人やつきあっていた彼氏などから、カンパをしてもらって数千円の金を持ち帰っては私にパンやラーメンを買っておいてくれますが、自分はどこかに出て行ってしまって帰ってこないようになりました。

ある日、「もうあの親父はダメだは。学費払うあてもないし高校辞めて働く」と姉は言って着替えを詰めたバッグを持ってどこかに行ってしまいました。

残された俺は詰んだも同然でした。親父や母親と仲が良かった近所の居酒屋のおっさんとおばさんが見かねて晩飯を食わせてくれました。あとは、2週に1回くらい親父がいない時を見計らって、こっそり家に帰ってきた姉ちゃんが千円札を俺の机の上の辞書の間に挟んでくれていてそれで生き延びていました。

成績が良かった話はしましたよね。しかし、こんな状況で勉強ができるはずもないです。高校受験が近づくなかで俺の成績は急降下していき、担任の教師は俺の異変に夏前には気づいていました。田舎の狭い町ですから、俺の家の噂を聞いていたのかもしれません。

担任は何かにつけて心配し、世話もしてくれました。弁当もなく昼飯を食ってない俺を目ざとくみつけて購買のパンを余分に買ったからとさらっと職員室で渡してくれたり、成績が下がったやつだけ居残り勉強と突然いって放課後に数人の生徒を残して教室で勉強させ、その帰り道に他の生徒と一緒にラーメン屋に連れて行ってくれたりしました。

思い出すと、居酒屋のおっちゃんおばさん、担任教師、そして姉ちゃん。ちょっと眼がしらがあつくなります。

長い話になっていますが、全部聞いてくださいよ。これちゃんとつながってきますから。


※「人を埋める②」に続く

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