証言は二つあった。

目撃者が二人いたということだった。

細部は微妙に食い違いを見せていたが、夕闇が迫る公園内の芝生広場で起きたことをそれぞれの目で見て、語った内容だった。

 

ニュータウンに住む50代の主婦は、飼っている小型犬を外周道路の歩道で散歩させていた。

彼女の記憶では、夕方610分か620分それを少し過ぎたくらいのことだったという。

最初、公園から何人かの男の子たちが騒ぐような大きな声が聞こえた。芝生広場を見通せるところまで来ると、広場の奥で2,3人の人間がふざけあって、鬼ごっこなのか追いかけあい、走ったり立ち止まったりしているのが見えた。一人は短い棒のようなものを振り回しているように思った。周囲は暗くなって来ていて、はっきりと見えなかったが、高校生か中学生くらいの年代の男の子たちだと思うと証言している。

自宅の方へ道を曲がるまで、男の子たちは大きな声で何度か叫んでいたが、内容はわからない。ただ、笑い声もあったように思うし、じゃれて遊んでいるような感じがした。

 

もうひとつの証言は、少し趣が違う。

外周道路を挟んで、公園敷地に向かい合うように建っている住宅の60代の住人男性である。615分かそれよりも前ではないかという。自宅の裏庭にいた。日没でかなり暗くなっており、外周道路の水銀灯が灯っていたので、その向こうにある広場の様子はよく見えなかった。だが、誰かがケンカをしているような声がした。唸るような大声で、「殺す」とか「こっちに来い」とか二度三度言っているように聞こえた。

気になって、2階に上がって窓を開けて様子を伺ったが、その時には声が聞こえなくなった。ただ、広場の奥の方で何人かの人間が行ったり来たりしているように見えた。

警察に通報すべきか悩んだが、声が静まり、人の気配もしなくなったのでそのままにしてしまった。あの時、通報していればと後悔している…というものだ。

 

犬の散歩をしていた主婦の証言では、中高生くらいの少年たち、公園の前に住む男性の証言では叫び声は大人の男の声だと感じたと言っている。

 

警察は芝生広場に向かい合う形で並ぶ住戸にすべて聞き込みをしたが、あの夕刻に何か大きな声を聞いたという証言はあったものの、具体的な内容は上記の2件だけであった。

 

捜査本部は、小学生の父親の証言にあった、煙草を吸っていた4人の中学生が何かを知っている可能性があるとして、この特定に全力を注いだ。

後述する理由で、中学生が殺人の犯人である可能性は低いという見方をしていたが、殺害現場のすぐ近くにいたのは確実で、事件と何らかの関係があることは否定できなかった。

 

みどりが丘公園を校区に持つ中学は一つしかなかった。ニュータウンのバス通りを下ったふもとにある市立M中学である。

ニュータウンが開発されるまでは、農村部にある小さな学校だったが、新興住宅地に人が流れ込み生徒数が増えたことで、校舎が増築され各学年5クラスの規模になっていた。

 

俺の実家がある集落は、駅の向こうにある別な中学の校区の外れである。俺が卒業したのもその中学で、毎朝、踏切を渡って通学していた。

 

ニュータウンが造られ、ぎんぎ山の北の谷に道が作られたことで、これまで山にさえぎられていた古い土地同士が細い糸で結びついたことがわかるのだった。

 

これは俺の推測でしかないが、M中学の教師たちは大変だったろうと思う。いきなり、在学生の非行レベルではなく、殺人事件への関与が疑われて警察から協力を求められたのだ。

校区内の公園にいたといっても、絶対に自校の生徒であるという証明はない。ましてや、小学生の父親が「中学生だった」と言っているだけなのだ。

結局、生徒の特定は警察が行うことを条件に、4月に撮影したクラス写真を提供した。

 

しかし、生徒の特定は写真ではなくあっけなく判明した。最初に野球道具を奪われた小学生たちの中のひとりが名前も家も知っている中学生がいたことを証言した。自分の兄の同級生で、幼い頃は一緒に遊んだこともある仲だったのだ。

 

この中学生が、親とともに学校に呼ばれ、そこに警察が立ち会った。あくまでも、学校側があの日の小学生たちに対するかつあげ行為を質すことから始めたのだった。

この生徒をCとする。

Cは始め、その日、公園には行っていないと否定した。しかし、警察が出てくるまでの事態になっていることから、同伴してきた親が子供を責め立て、やがて当日のかつあげ行為を認めてDEFと他の中学生の名前も明らかにした。

 

4人の中学生が保護者同伴で呼び出され、中学校で1回、警察署で1回の計2回の聴取を受けた。それぞれの証言が一致していない部分もあったが、あの日午後6時~6時半くらいの間にみどりが丘公園で起きたことを警察は大まかには把握できた。

 

そのことを当時の捜査資料からたどる前に、まるで山狩りのように40人の警察官を配して2日間に亘って行われた公園内の草むらをかきわけての捜索活動とそこで集められた関連物証について述べておきたい。

 

膨大な発見物のリストが作られているのだが、その多くは事件とは関連がなさそうなものである。空気が抜けたサッカーボールから、使用済みのコンドームまで、公園内をくまなく大掃除したようなリストになっている。

その中から、いくつかの物品が注目されている。

・遺体発見現場近くの東屋ベンチ下にあった煙草の吸殻

・芝生広場の堀から見つかった少年野球用の金属バット

・公園表門付近の生垣から見つかった茶色野球帽

・公園裏門近くのフェンス脇から見つかった黒ビニールのごみ袋(大)2枚。

他にもあるのだが、これらは重要物証の候補として、県警鑑識が警視庁にも協力を求めて分析を行っている。

 

煙草の吸殻は新しく、銘柄はハイライト。フィルターに残った唾液からO型の血液型を検出している。

金属バットは、4人の中学生が小学生から取り上げたもので、殺害に使用された凶器ではないが、Bへの暴行に使用された痕跡がないか調べられた。

茶色野球帽は、この日、家を出る際に被害者が被っていたものと判明した。

そして、もっとも重要な物証が黒いごみ袋である。

 

ごみ袋表面には大量の血痕が残されており、被害者の血液型と一致した。

捜査員たちの見立ては、2枚のゴミ袋はエプロンのように使用されて殺害行為で返り血を浴びないように周到に準備されたものではないか…というものだった。

 

あまりにもおぞましい、計画的な殺人行為が行われたと捜査本部は考えたのだ。

このゴミ袋発見などから、犯人像は1人もしくは2人の成人男性で明確な殺意を持って行動している。公園内で殺人を行い、凶器を持ったまま公園裏門から逃走したと見做された。

 

凶器が見つからず、それは被害者の命を奪った傷のあり様から推測するしかなかったのだが、何か特殊なものであることは明らかだった。

ナイフや包丁、鉈、手斧などが検討されたがどれも当てはまらないように感じられた。

大型のノコギリや特殊工具などをひとつひとつ当てはめるように検討するしか方法はなかった。

 

それほど、被害者の遺体は損傷しており、無惨なものだったのだ。

中学生が、出合い頭に暴力に及んだとしてこのように人を傷つけられるはずはないと、現場に臨場した刑事はみな考えた。

これは悪魔が降臨し、計画通りに実行した猟奇的殺人、快楽殺人としか考えられなかった。

子細に検討すればするほど、それは確信に変わっていくのだった。

 


※「みどりが丘公園⑥」に続く
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